3-2.シンガポール: 旅の出来事 :火事 ~ やはり旅って大変・・・

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幸い、これまで外国の旅先で難儀な目に遭うことはほとんどなかったのですがそれでも、旅に出ると面倒はたびたび起こります。少々の腹痛や下痢程度ならともかく、もう少し面倒な目に遭ったこともありますが、それも今となってはまあ笑い話で済む程度です。
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そのひとつ、シンガポールでの出来事。

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もう十数年前の話ですが、シンガポールで火事に遭いました。
だいたい30代くらいは誰もが働き盛りで大変な目に遭っていることと思いますが、そんな仕事をたまに消去してボケッとしたくなります。そんなわけで、忙しいさなかそれでも一週間夏休みが取れたので、シンガポールに向かいました。
前日も遅くまで仕事のあと、成田の出発が朝早いので、夜型だった私は当然徹夜で旅支度です(眠ってしまえば起きられるわけがない)。で6時間半のフライトののちやっとシンガポールに着いて、MRTでオーチャードまで行き、なぜか迷って歩いて、最初の一泊目だけ日本で事前に予約しておいたホテルにたどり着きました。
レセプションで中国人の英語が聞き取れず、デポジットを払わなければならないのを、デポジットとわからず「なんで100ドルも!」と文句を言い揉めたことはたいしたことではありません。すぐ私が誤解していることがわかり、空港で買ってあったぎりぎりのシンガポールドルでデポジットを支払い、やっと部屋に入ったのは夜10時ごろ。まずは睡眠取らねばとすぐシャワーに入り、素っ裸でテレビのインド映画を観て楽しんでいたのはもう0時近くだったと思います。

そうしたら、非常ベルが鳴り響きました。
なんだろう、と思い、とりあえずパンツくらい履いて部屋のドアをそっと開けて廊下の様子をうかがいました。とくになにもありません。静まっています。そしたら向かいの部屋のドアが開いて、中国人の中年女性が同じように顔を出しました。こっちはパンツ一丁なのでドアのうしろで腰を引きつつ、「何だろう」と言うと彼女も「非常ベルを聞いた」と言うが状況はわかりません。
ホテルはオーチャードロード沿いの丘の上にあり、街でも一番の瀟洒なところです。11階建ての9階に泊まっていました。
何かの間違いかな、と思ってまたベッドに横になり、映画の続きを観ていましたら、しばらくしてまた非常ベルの音。今度は窓の外を見てみました。非常階段が見えました。なんと、その非常階段を宿泊客が大勢降りていきます。何かあったな、と思って部屋のドアを開けると煙で真っ白。何も見えません。驚いてドアを閉め、自分に「Be calm」となぜか英語で言い聞かせ、まずは服を着ます。そしてテーブルの上にばら撒いていたお金をまとめてズボンのポケットに入れ、バッグに荷物を詰めました。着いたばかりだし30リットルくらいのリュックひとつに半分程度の荷物です。だから全部持ち出す余裕がありました。部屋のタオルを口に当て、荷物を持ち、思い切ってドアを開けました。やはり真っ白です。数メートル先までしか見えませんが目が痛い、息が苦しいということはなく、少しかがんで歩き始めました。非常階段を窓の外に見ていたので位置はだいたい把握でき、そちらの方向に向かって歩いていくと煙の中から突然インド人のホテルマンがぬっと現れて「早く逃げろ」と言いました。そういう彼は口をふさぐこともせず悠然と歩いていました。非常出口はすぐ見つかり、階段に出るともう煙の心配はなく、他の宿泊客に交じって下まで降りました。

炎が見えなかったのが幸いで、あまり恐怖感はありませんでした。
下に降りると消防が来ていて、なにやら作業していましたが、ホテルを見上げてみても炎が出てるとかそういうこともなく、なんだかのんびりと時間が過ぎていきました。ホテルの裏側の駐車場のような場所に皆集まっていましたが、そこで私の隣にいたカップルは、高島屋の買い物袋をいくつも持ち出していて、にこやかに話しています。彼らはインドネシアから来たとのことでした。しばらくするとロビーに戻ることになり、そこでまた待たされました。そのあいだそのインドネシア人カップルと雑談しておりました。
ホテルの職員がやってきてなにやら説明などしています。宿泊客たちはそれぞれ職員にいろんなことを尋ねているようです。結局火事はどうもボヤで済んだようでした。日本人客も何人かいて、そのうち年代が近い3人と知り合い、「どうなるんだろう」と話していたら日本人職員がいて、日本語での説明もありました。そろそろ部屋に戻れるとのことでした。その3人とは「せっかくだから気晴らしに食事でも行こうか」ということになり、それぞれ一旦荷物を部屋に置いてからまたロビーに集まりました。煙は収まっていたけれど、廊下や部屋の中はなんだか焦げ臭かったのです。だから気分転換に食事でも、というような状況だったと思います。そして4人でオーチャードロードの中国料理屋で麺など食べました。一人はシンガポールに留学していた若い女性。近々帰国するのだがその前にここに泊まっていたとのこと。一人はサーフィンをしに来た男子学生。そしてもう一人は、アジアを一人旅している女性。すでに夜中の3時近くでしたがオーチャードロード付近は新宿よりも安全な感じでした。で、ご飯を食べて、よかったら明日の朝食でまた会いましょう、などと話しのんびりした火事騒ぎは終わりました。でも翌朝、私は朝食場所には行けませんでした。

部屋に戻ってやっと一眠り。しかし早朝5時頃、不快な気分で目が覚めると猛烈な吐き気と酷い下痢。
眠る前に食べたもののせいというより、今思い返すと仕事の疲れ、睡眠不足などが加わっての不調だったと思います。30分から1時間くらいか、トイレで唸って体内の水をみんな搾り取られたような気分でまた眠りました。火事よりこっちのほうが大変でした。結局12時のチェックアウトぎりぎりまで眠っていたわけです。

翌日、ホテルを出てからは怠くて重い腹を抱えて水しか飲めない状態のまま、次の宿探しです。
そしてそれから一週間、吐き気と下痢の不調を抱えたまま旅を続けることになりました。
そういうこともあって「旅行」はそれほど好きではないのです。

(シンガポールの風景)
3-2.シンガポール: 写真記録~2004年
3-2.シンガポール: 写真記録~1999年