1-6.情報社会: 「自分で考える」を考える ~ 妙な本が売れている?

怒りの虎
たまたま『人生は、「本当にやりたいこと」だけやれば、必ずうまくいく』(久瑠あさ美著)というのを読んだのです。普段この手の、とりわけ「自己啓発」的なものはまず読まないのですけど、一昨年あたりだったか、鬱で弱っていた時になにか参考になれば、と思っていろいろ手に取ったうちのひとつ。

【話は逸れますが…】

ちなみにこの著者の別の本『潜在意識で体は変わる! 「マインドダイエット」』の 帯には、
「延べ一万二千人を成功に導いた著者が、ビジネスパーソンに今一番伝えたい『人生哲学』」
とあります。一万二千人です。凄い。
そもそもカウンセリング(セラピー? メンタルトレーニング? どういう言い方が正しいのか)を「延べ一万二千人」やるだけでも大変なことだわさ。相当なエネルギーと時間もかかりますね。でも著者の若さからしても、本を書いたり映像に出たりしながらという仕事ぶりからしても、一万人以上こなしたこと自体がなにか胡散臭いと思うのだ。
カウンセリングの類は、たった一、二回のセッションで治ったり変わったりはしません。ひとりにつき例えば週一回一時間のセッションで、数か月から半年、もっとかかる場合もあるでしょう。心療内科クリニックでカウンセリングを受けてみた経験から鑑みても、クライアントが健康な人だとしても数回のセッションは必要だと思います。
仮に、一人につき一回一時間、平均(たった)三回の対面セッションで効果あり、とできたとして、一万二千人をこなすとすると、12,000人×3時間=36,000時間必要です。1日8時間、月に20日160時間働き、この160時間すべてをクライアントとのセッションに充てたとしても、36,000時間のセッションをこなすには18.75年かかる計算になります。はてさて、同時に本を何冊も書いたり映像に出たりする人が、10時~20時の営業時間でこれだけのセッションをこなせるのですかね。それに一人三回で終わらなければもっと時間がかかる計算です。
運営しているカウンセリングルーム全体の成果か、カウンセリングではない別の形式も含まれているのかわからないけど、いくら情報化社会とはいえ、短期間に一人でそんな大勢の人々の人生を変えられるなんて、釈迦かイエスかアラーか? それともほかの神か仏か魔法使いか、さてはクライアント側がよほど単純思考なのか、と思ってしまいます(事実関係を調べたわけではないので正確なところはわかりませんが)。それも一流のアスリートや経営者も含むとある。すでにそれなりの「自分の考え・哲学」をもつであろう人たちを相手にして、彼らの成功を導くなんてこれはものすんごい人に違いない、と思って本を読む人は多いのだろうか。

【学びて思わざれば則ち罔し。】

でも本の中身は、とくに考えるきっかけにすらならず、内容も浅いので何も残りませんでした。たまたま読んだ「断捨離」モノ(書名は忘れました)と同様、つまらないし同じようなことを何度も繰り返しているようで飽きて読むのをやめてしまいたくなるような感じです(「断捨離」のほうは途中でやめてしまった)。
これなら、明治に書かれた(というか講演ですけど)夏目漱石の『私の個人主義』で十分だし素晴らしい。AmazonならいまKindle版が無料で手に入ります。
 『私の個人主義』(夏目漱石)
もしかしたら本は出し惜しみで、実際に長い待ち行列を予約して高い料金を払ってカウンセリングを受けるとすごい経験ができるのかもしれぬ。なにせ一流のアスリートや経営者も含めて一万二千人を導いたんだから。

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なんにせよ、世の中「自分で考えろ」という割にはこういう自己啓発、メンタル関係の本が売れているようで、変な世の中です。読者に「やり方」や「考え方」を易しく示して与える本を読んでなにか解ったような気になるのだとしたら楽なもんです。考えるというのは本当は面倒で大変だし試行錯誤が要ることなのに、「そのまま実践できるように書いてある本」なんてどんな価値があるのでしょう(料理や木工の本だって実践するときには自分なりの工夫が要りますよ)。
この種の「自己啓発」的実用書、ノウハウ本を読んで「学んだ」と勘違いしてしまうと、困ってしまいます。読む本を選ぶにも、慧眼が必要です。